「発明」は、ヒトの精神的活動により生み出される知的財産の代表的なものです。発明者の頭の中に留めたまま、他の誰にも知らされることがなければ、盗まれる心配はありませんが、そのような状態の発明には客観的な財産価値は生じません。
発明によって利益を得るには、その発明を実施しなければなりませんが、多くの場合、その実施によって発明が世の中に知られた状態(公知)になり、模倣行為(公開された発明を他人が実施すること)が生じる可能性が出てきます。特に、展示会への出展など、不特定多数の人に発明が知られた状態になる場合は、その可能性が高まります。
特許法では、公知になった発明は特許を受けることができないと規定されており、また公開された発明を第三者が自分の発明として出願(冒認出願と呼ばれています。)するおそれもあるため、発明を公開する前に特許出願をすることが大原則とされています。しかし、その原則を知らずに、またはごく僅かな範囲での開示だからと油断して発明を公開したために、模倣行為や冒認出願などの不正行為が行われた、というケースが多々あるようです。
たとえば・・・
(1)発明による新技術の説明を入れた提案書を持って営業をした結果、顧客企業からその技術を取り入れた製品が発売されたり、顧客企業の名義で当該発明の特許出願が行われた。
(2)自社の事業に必要な機械や道具を発注するにあたり、これまでの不便を解決するための改良案を思いついて改良を依頼したところ、この改良案が依頼先の企業の名義で特許出願され、またその改良案が導入された製品が他の顧客にも販売された。
(3)他の会社と共同で技術開発をしている間に自分が発案して提示したアイデアが、その共同開発企業の単独名義で特許出願された(共同出願違反)。
いずれのケースも、相手方は秘密の状態できっちりと管理されている場所に不法侵入して機密書類やデータを持ち出したわけではなく、発明者の側が不用意に発明を開示したことが原因で発生したものです。倫理上は許されるべきものではありませんが、(1)のケースのようにお客さんが相手となる場合には、面と向かって抗議もできず、泣き寝入りすることになるケースも多いようです。
(2)や(3)のケースには、相手方が故意に発明を盗んだという場合のほか、当事者間の認識の違い(相手方は自身の発明であるとの認識の下に特許出願をした。)により生じる場合もあると思われます。
いずれにせよ、上記のような残念な事態が生じないように生じないようにせねばなりません。そのためにとれる対策は、以下の2つしかないと思います。
対策1:発明の中身を絶対に公開せず、秘密の状態で厳重に管理する。
対策2:発明を公開する前に、特許出願をする。
対策1がとれるのは、発明を秘密にしたまま事業に活用できる場合(製造方法に関する発明、検査方法に関する発明など)に限られます。形状の工夫のような外観を見て理解できる発明や、分解や解析をすれば理解できるような発明について、権限のない者による実施や特許取得を防ぐには、対策2を選択せざるを得ません。
特許出願をするというと、どうしても出願した発明について独占権(特許権)を取得できるかどうか、という点に関心が向いてしまうのですが、特許出願をする目的はそれのみではありません。むしろ、初期の段階では、労苦を重ねて完成させた発明が、知らぬまに赤の他人に利用されて損失が生じたり、冒認出願などの形で盗まれるのを防ぐことの方を、優先的な課題にすべきだと思います。
発明の成果物である新技術が世に出る前にその発明について特許出願をすることができるのは、真の発明者またはその発明者から特許を受ける権利を正当にうけついだ者だけです。発明を公開する前に必ず特許出願をする・・・という原則を守れば、万一、冒認出願が行われたとしても、正当な出願が冒認出願に先行する出願(先願)となり、発明者側の権利は守られます。また、発明による新技術を模倣する行為が出た場合にも、特許出願をした発明について特許を受けることができれば、法的な対策をとることが可能になります。
特許出願をせずに発明を公開してしまった結果、その発明が他人(他の企業)に実施されるようになっても、もはやその実施を差し止めることはできません。特許出願をせずに発明を公開することは、「どうぞ自由に私の発明を実施して下さい」と言っているのに等しいことになるのです。
冒認出願により取得した特許権は、冒認行為を理由として無効にすることができますし、民事裁判の対象として冒認者に損害賠償を請求することも可能です。また、近年の法改正により、冒認出願に付与された特許権を真の権利者からの請求により真の権利者に移転させることもできます。しかし、いずれの方法も骨が折れ、長い時間がかかるおそれがあり、またおそらく特許出願に要する以上の費用がかかることでしょう。
繰り返しになりますが、プレゼンなどにより新規のアイデアやそのアイデアによる成果物(発明品)を社外に公開する場合には特許出願をすませてから公開する、ということが大原則となります。実際に技術開発に関わる技術者や代表者や役職者に限らず、社内の全員がこの大原則を頭に入れ、社内で開発されている技術については皆が守秘義務を負っている、という認識をもつ必要があります。そうしないと、技術部門が知らないうちに営業部門が発明を公開してしまった・・というような悲劇が生じてしまうおそれがあります。
なお、(2)のケースを受注者の側からみると、注文者は、「○○ができるようなモノを作ってほしい」「××を△□に変更してほしい」というような単なる願望を伝えただけで、その願望を叶えるための工夫を発案したのは受注した自分たちの方だ! ということもあり得ると思います。このような場合には、実際にアイデアを発案した受注者が単独で特許出願をしても構わないと思われますが、顧客との力関係や認識の相違からトラブルが生じることがないように、注意をするのが懸命です。特に、試作品を提示するなど、出願より前に顧客に発明を開示せざるを得ない場合や、試作品を使った顧客の意見を入れて発明を完成させたような場合には、顧客に黙って特許出願をするわけにはいかないと思います。
これらの事情を考慮して、世間では、顧客と共同で特許出願をするケースが多いようです。
いずれにせよ、特許出願前に社外の人間に発明を開示せざるを得ない場合には、その相手ときちんと話し合って、開発の過程で生じる知的財産の帰属や守秘義務に関して取り決めをすることが必要であると思います。契約書を交わしておくのが一番望ましいですが、それが困難な場合にも、話し合いをして一定の合意を得て、日付を入れた覚え書きとしてお互いに保存しておくことをお勧めいたします。