特許出願の取り下げと改良発明のゆくえ

 特許出願は、基本的に特許を取得することを目的として行われるものです。出願には相応の手間と費用がかかりますので、滅多にはないのですが、何らかの事情により自発的に取り下げられるケースがあります。


 日本の特許制度では先願主義(同一の発明について2以上の出願があった場合には、その中で最も早く出願されたものを特許の対象とする。)を採用していますが、取り下げられた出願は先願の地位を失ってしまいます。たとえば、ある発明についてAさんが出願をし、それより後に同一の発明についてBさんが出願をした場合、通常はAさんの出願が許可され、Bさんの出願はAさんの出願を先願として拒絶されますが、Aさんが出願を取り下げた場合には、Aさんの出願は先願の地位を失い、Bさんが特許を受けることができるのです。


 ただし、上記のストーリーが成立するのは、Aさんの出願の取り下げが出願公開より前に行われて世に公開されなかった場合(つまり、発明が秘密状態のまま取り下げられた場合)に限られます。出願の公開は公開特許公報により行われ、その公開特許公報がAさんの出願より後の出願に対する公知技術を示す文献となりますので、たとえAさんの出願が取り下げられていたとしても、Bさんの出願は公開されたAさんの出願をもって拒絶されてしまいます。Bさんの発明がAさんの発明とずばり同一でなかったとしても、Aさんの発明に近い概念であれば、Aさんの発明により容易に思いついたものである(進歩性がない)として、拒絶される可能性が高くなります。

 

 出願公開より後の取り下げの事例は非常に多く存在します。出願審査請求をせずに放置されたために取り下げとみなされた出願です。このような取り下げは、自発的な取り下げと区別するためにみなし取り下げと呼ばれています。


 みなし取り下げされ、特許を受けることができなくなった出願であっても、公開されることによって、同一の発明について他者に権利が与えられるのを阻止する機能を持つのです。

 
 みなし取り下げされた出願の公開は、他者の出願のみならず、取り下げをした本人の後日の出願にも影響します。たとえば、上記のAさんが、最初の出願が公開された後に改良発明の出願をした場合、改良発明は最初の出願の発明と比較されて特許性の有無が判断されます。Aさんが最初の出願で特許を取得していればまだ良いのですが、Aさんが最初の出願の審査請求を見送り、最初の出願がみなし取り下げされてしまうと、最初の出願の発明および改良発明に共通する基本的な特徴に関して特許を受けることはできなくなります。また、改良発明に最初の出願とは大きく異なる技術的特徴がなければ、最初の出願をもって改良発明は進歩性のないものと判断されて拒絶され、全く権利を取得できない羽目になるおそれもあります。

 
 最初の出願の先願の地位を生かし、改良発明も含む範囲で特許を取得するのに有用な制度として、国内優先権という制度があります。この制度を利用すれば、最初の出願を基礎出願として、この最初の出願の発明に改良発明を加えた内容の出願を行うことにより、後の出願のうち最初の出願に記載されている事項については、最初の出願の日を基準にして新規性や進歩性などが判断されるようになります。基礎となった最初の出願は一定の期間経過後に取り下げられたものとみなされますが、後の出願で審査を受けることによって、最初の出願に記載されていた基本的な発明と改良発明との両方を権利化することができます。

 

 国内優先権主張出願をすることができるのは、最初の出願の日から1年以内です。この期限に間に合わなかった場合には、最初の出願が公開されるより前に改良発明の出願をする必要があります。

 自発的に早期の公開を請求したり、最初の出願が早期に特許されて特許公報が発行されるようなことがない限り、特許出願の日から1年6ヶ月が経過するまでに出願の内容が公開されることはありませんので、その間に改良発明の出願を完了させることができれば、最初の出願に影響されることなく改良発明を審査してもらうことが可能です。また、最初の出願から後の出願までの間に他者により最初の出願と同一の発明がされていることがなければ、基本的な発明と改良発明の両方を権利化することも可能です。

 
 特許出願の審査請求手続ができるのは、出願の日から3年が経過するまでです。
 上記したとおり、最初の出願の審査請求の期限の間近になって改良発明の出願を検討したのでは、時すでに遅し・・・となる可能性が高いです。細部の改良程度では影響を受けることがないように最初の出願の内容を出来る限り充実させると共に、出願を完了した後の1年間という期間を大事に管理して、出願の内容を見直し、前の出願に記載できなかった事項を加えた出願をする必要がないかどうか検討することが肝要です。