特許の取消を求めるには

 特許庁に提出された特許出願は、審査官と呼ばれる専門職によって審査されます。審査官は法文の規定に基づいて対象の出願の内容を検討し、拒絶の理由が認められる場合には、拒絶理由通知を出し、その通知に対する出願人からの応答を検討します。そして最終的に、特許をすべき旨の査定(特許査定)、または拒絶をすべき旨の査定(拒絶査定)を出し、審査を終了します。

 このように、通常は、一人の審査官の見解によって特許が付与されるか否かが決まってしまいます。審査官も人の子ですから、その見解が100%正しいとは限りません。このため、拒絶査定がされた場合には、出願人には拒絶査定不服審判を請求する機会が与えられ、さらに、この審判でも特許査定を得ることができなかった場合には、審決の取り消しを求めて知的財産高等裁判所に提訴する機会が与えられています。

 

 特許査定に対しては、出願人以外の者(たとえばライバル企業)から不服を申し立てたい場合があります。この目的によく活用されていたのに10年ほど前に廃止されてしまった異議申立てという制度が、平成26年の特許法改正によって復活し、平成27年4月1日以降に特許掲載公報が発行された特許に対して適用できることになりました。

 

 異議申立てを行うには、特許掲載公報(特許が付与された発明が掲載される刊行物のこと。一般には特許公報と呼ばれています。)が発行された日から6ヶ月以内に、一定の形式にのっとった特許異議申立書という書類を作成して、申立ての理由の証拠となる書類(特許文献や論文などの一般文献)と共に特許庁に提出します。特許異議申立書には、各証拠の記載を引用しながら異議を申し立てる理由を詳細に記載します。

 

 異議申立ての手続は何人でも行うことができます。ただし、申立ての理由は、新規性欠如、進歩性欠如、同一の先願発明がある、などの公益的事由に限定され、特許権の帰属のような私益的事由に関することは無効審判において審理される規定になっています

 

 特許異議申立書が提出されると、申立期間の6ヶ月が経過した後に、審判官による合議体(3名または5名の審判官により形成され、そのうちの一名が審判長となる。)による審理が開始されます。審理は、原則として書面で行われ、最終的に、特許を取り消す旨の決定(取消決定)または特許を維持する旨の決定(維持決定)が特許権者および異議申立人の双方に送付されます。

 

 ただし、取消決定をしようとする場合には、その前に特許権者に取消しの理由が通知され、一定の期間、意見を述べる機会や特許請求の範囲などの訂正を請求する機会が与えられます。この特許権者の主張や訂正が認められて取消の理由がなくなったと判断されると、維持決定がなされます。また、取消決定が出た場合、特許権者は、この決定の取消を求める訴えを知的財産高等裁判所に提起することができます。

 

 異議申立人には、訂正請求が行われた場合には意見を述べる機会が与えられますが、維持決定に対して異議申立人が不服を申し立てることはできません。

 

 以上、大まかに特許異議申立ての制度を紹介しましたが、実際に、異議申立ての手続を行うには、かなりの労力がかかります。まず有力な証拠を探すための調査を行い、その調査結果を精査して証拠を揃え、異議申立ての理由を組み立てなければなりません。いかんせん、一定の手順をふんだ審査により付与された特許を取り消すわけですから、容易なことではありませんが、十分な証拠と説得力のある記載があれば、審判官に、対象の特許には取消の理由があるという心証をもってもらうことができると思います。

 

 特許を取り消すことができなかったとしても、訂正によって特許請求の範囲を減縮させることで危機を回避できる場合があります。たとえば、非常に広い権利範囲が設定されていて、これでは特許権侵害になってしまう・・という状態から、侵害のおそれがなくなる範囲にまで権利範囲を狭めることができた・・という状態になれば、特許異議申立てをした結果は成功であると言えます。

 

 もうひとつ、出願中に権利化を阻止する方法として、情報提供という制度があります。この手続でも、拒絶の理由を示すような証拠を「刊行物等提出書」という書類に添付して提出します。

 情報提供は、審査請求がされていない出願に対しても行うことができるので、明らかな拒絶理由がある場合には、審査請求の前に情報提供を行うことによって、出願人に審査請求をあきらめさせたり、特許請求の範囲の記載を狭くする補正をする気にさせたりすることもできると思います。また、提出者の名前を出さずに匿名で書類を提出することができる点も、メリットの1つです。

 

 なにはともあれ、一番怖いのは、事業活動の脅威となるような特許が成立していることに気づかなかったり、気づくのが遅れてしまう、ということです。開発型の企業の方々には、

 ・権利化されるとまずいと思われる出願を発見した場合には、その出願に対して情報提供ができないかどうかを検討すること

 ・上記の出願に対して特許査定がなされた場合には、特許異議申立てができる余地があるかどうか検討しすること

 という意識をもって、少なくともライバル企業の出願や審査経過の動向をしっかりとチェックすること、を心がけることを勧めいたします。